本日は戦艦武蔵の命日

皆様こんばんは!
いつも当ブログがお世話になっている「しんまちTV」様が本日アップした動画の中でもご指摘なされていたように、本日10月24日は大和型2番艦「武蔵」の命日です!

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日本海軍が建造した最後の戦艦であり、戦艦としては最後の連合艦隊旗艦であったこの巨大戦艦は、1944年のレイテ沖海戦におけるシブヤン海海戦において、米機動艦隊による艦載機の波状攻撃を受け、その生涯を閉じました。

姉妹艦である大和同様、戦艦としての実力を発揮することなく無念の最期を遂げた武蔵ですが、米艦載機が武蔵に行った攻撃は一説によれば、推定雷撃20本、爆弾17発、至近弾20発以上
マレー沖海戦で沈んだ英国の誇る不沈艦「プリンス・オブ・ウェールズ」の受けた攻撃が合計6本の魚雷と1発の爆弾であったことを考えると、異常なまでの耐久力を示しtことになります。
戦局に何ら寄与しなかったものの、大和型戦艦が文字通り最大最強の浮沈戦艦であったことは疑いのない事実であったと思います。
それだけに、武蔵(と大和)にはアメリカの戦艦と戦う機会を1度でもいいから与えてほしかったと心から残念に思います(もっとも、戦う機会がなかったからこそ、最強の名前を現在も維持できているのかもしれませんが)

なぜ武蔵は大和と比べて人気が落ちるのか?

さて、冒頭でご紹介いたしました、しんまちTV様の動画のコメント欄に、「大和と武蔵、話題に取り上げるのは戦艦大和が圧倒的に多い。どうして武蔵は軽く見られるのでしょう?」というものがありました。
あくまで私見ですが、その理由としては
①艦名の重みが違う
②大和の最期が強烈過ぎた
ということが大きいのではないかと思っています。

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①艦名の重みが違う
「武蔵」も悪い名前ではないのですが、やはり日本そのものを象徴している「大和」と比べた場合、どうしても名前の重みが違います。
以前このブログでご紹介した「アルキメデスの大戦」という映画でも「大和」という名前が重要な要素となっていました。
もし1番艦の名前が「大和」以外だった場合、この映画自体作れなかったことを考えると、いかに日本人にとって「大和」が特別な名前なのかが分かります。

②大和の最期が強烈過ぎた
武蔵の最期はかなり壮絶なものですが、そもそもレイテ沖海戦は日本海軍は多数の艦船を失っています。
戦艦だけに限定しても武蔵の他に扶桑と山城の2隻が壮絶な最期を遂げており、このような中では武蔵の沈没も喪失艦の1隻としてどうしても印象が薄くなってしまいます。
一方、大和は最初で最後の海上特攻において、日本連合艦隊の終焉を象徴するような壮絶な最期を遂げました。
この大和の最期はまさに日本人の有する滅びの美学を体現しており、武蔵の最期と大和の最期を比べた場合、後者のほうがより日本人の心に強烈に刻み込まれることになったのは仕方がないことではないでしょうか。

戦艦としては大和と比べてより完成度の高い戦艦だった武蔵ですが、ある意味、大和の姉妹艦として誕生したことが武蔵の最大の悲劇といえるかもしれませんね。

もっとも、故ポール氏の調査隊が海底に眠る武蔵を発見して以降、武蔵の注目度も上がってきています。
今後は武蔵に関する研究も進み、クローズアップされる機会が増えることを期待したいですね。