【映画評論】海底奇岩城と3199の意外な共通テーマ

皆さま今晩は!。
3連休最終日、いかがお過ごしでしょうか?
私は昨日が休日出勤だったので、正直、あまり休めませんでした(苦笑)
ただ、以前から気になってきた現在公開中の映画、「映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城」を見てきました。

いい年をしたおっさんが「ドラえもん映画」と聞くと笑われるかもしれませんが、子供の頃に見た「ドラえもん映画」の中でも特に好きなエピソードだったので、今回、どのようにリメイクされたのか非常に気になったのです。
まさに「三つ子の魂」という奴ですね(苦)

ちなみに映画の評価は「普通」でした。
youtubeなどで、複数の感想動画が上がっており、その多くで「凡作」「これはこれで面白いが絶賛するほどではない」、と微妙な評価がされていますが、それらはかなり正しいです。

確かに作画が良い(特に海の中の描写はめちゃくちゃ綺麗でした)、今回の最重要キャラ(?)「バギーちゃん」のオリジナル描写の追加など良い面も多数あり、原作が好きならば十分に楽しめる映画ではあるのですが、その一方で、オリジナルである83年版にあった説明が省略されたり、敵であった奇岩城勢力にあった不気味な雰囲気がかなりマイルドになっていたのが残念なポイントです。

特に説明の省略はかなり致命的で、物語開始のきっかけとなる沈没船を海底人達が大西洋から太平洋にわざわざ移動させているのですが、原作や83年版では語られているその動機を今作では説明しなかったのは、初見の人からすれば「あの沈没船は何だったの?」となったのではないでしょうか?

また今作ではデザインも大幅に変更されており、特に奇岩城勢力は下記の画像のように93年度版とはほぼ別物になっています(※左が83年版、右がリメイク版。)

どちらが良いかは好みの問題であり、ある意味、リメイク版は現代風に格好良くリメイクされたといえますが、個人的には不気味な83年版のデザインが好きでしたね。

ただそんな微妙な作品になってしまった「新海底奇岩城」ですが、実は「3199」を見ていると「おっ?」と思う内容となっています。
というのも、今作は「人間は不合理な生き物」「正解と正しさは違う」というテーマを正面から描いており、当初はメカとして最適解で動いていたバギーが、のび太や静香との交流の中で、最適解でなく、たとえマイナスの結果になることになったとしても、心に従って動くことが正しいこともある、と学んでいく展開には、3199での合理的な思考に基づいて過去の改編を計画するデザリアムと、それに対して心に従って必死で抗う古代たちの姿が重なりました。

実際、2205で古代は土門に対して「人には絶対に譲れないものがある。お前がお前であるために徹底的に戦え抜け」と語っており、この姿勢に関してだけは3199の古代は少しもブレておりません。
第5章においてもデザリアムであるアルフォンから「人間らしい不合理の塊」みたいに判断されておりましたし、3199の古代はデザリアムの徹底した合理性に対して「正解と正しさは違う」ことを証明する存在になりそうですね。

一方、2205で古代に対し「心に従うこと」を求めた土門ですが、第6章の特報を見る限り、不穏な流れになりそうです。
特に若さゆえの経験不足と未熟さがあるという点で共通点のある古代と土門ですが、挫折を何度も経験しながらも最終的に自身を貫くことを選んできた古代に対し、土門はその道をあくまで「理想」として見ていることの違いが、第6章で実際にやり直しの機会を与えられた時の態度の差に出そうですね。

古代と土門、この2人の対比は間違いなく第6章での見どころの一つになると思うので、楽しみです。