総統の「神は二人もいらない」のセリフはあるか?

皆様今晩は!
最近すっかり更新がとどこってしまっており、大変申し訳ございません。
リアルが忙しいというのもあるのですが、最大の要因はモチベーションの低下。
これは結構深刻で、色々書きたいネタがあるのですがいざ書こうと思うと全く筆が進まないというのが実際のところです。

そこで以前からちょっと考えていたのですが、当「ヤマトの日々」は心機一転として引っ越しを検討しております。
以前から、本格的なHP運営を行いたいと考えており、目下、ワードプレスでサイトを構築中です。
完成まではもう少し時間がかかりそうですが、完成次第、当ブログの記事を新サイトに転載し、今後の活動はそちらで行おうと思っております。
8月までには引っ越しを完了させたいと思っておりますので、その際は新サイトをよろしくお願い致します!

閑話休題

さて現在制作中の「ヤマトよ永遠に REBEL3199」ですが、ベースとなるのは「ヤマトよ永遠に」と「ヤマトⅢ」の2つであることが既に明らかになります。
そこで気になるのが「REBEL3199」に「ヤマトⅢ」におけるデスラー総統の名(迷)セリフが使われるかということ。
作品としては評価の分かれる「ヤマトⅢ」ですが、

「タラン、何年私の副官をしている。」
「いつ私が、ヤマトを襲えと言った!!」
「念のため聞いておきたいが、あなたのお葬式は何宗で出せばよいのかな。ベムラーゼ君。」

などといったデスラー総統の名(迷?)セリフが産まれたことについては私は高く評価しております(ちなみに私自身はヤマトⅢはかなり好きです)。
上で挙げたセリフは比較的に転用しやすいので「REBEL3199」でも使われる可能性が高いですが、個人的に登場するかどうかわからないのが「ガルマンには神は二人もいらぬ!」というセリフ。
「ヤマトⅢ」ではシャルバート教信者であったハイゲル将軍を射殺した後、デスラー総統が発したものであり、「(ガルマン・ガミラスの)神は自分である」というデスラー総統の独裁者らしい傲慢さと自己に対する絶対的な自負を表していました。
しかし、リメイクシリーズのデスラー総統は「自分がガミラスを背負う」という自負と責任感はあっても、自分を神格化するようなキャラではない気がします。
となると、このセリフはリメイク・デスラー総統のセリフとしてはキャラ的にあまり似つかわしくない気がします。
これを前提に仮に「REBEL3199」でもこのセリフが登場するとしたら、果たしてどのような使われ方がなされるでしょうか?
ちょっと考えてみました。

可能性①:発言するキャラが違う


まず一番可能性が高いのはこのセリフを発現するキャラがデスラー総統ではなく違うキャラであるという可能性です。
リメイク版のデスラー総統は間違っても自分自身を「神」とは言わないでしょうが、部下、特にボラーの圧政から解放されら旧ガルマン星出身の部下(例えばキーリングなど)は、デスラー総統を神のように思っています。
そんな彼らがシャルバート教に対して「ガルマン・ガミラスに神は二人もいらない」みたいな発言をし、その存在を否定する展開は十分にあり得ます。

可能性②:神はデスラー総統ではない


もう一つの可能性は、「ヤマトⅢ」同様、デスラー総統のセリフではあるが、ここで指している神が「デスラー総統自身ではない」という可能性です。
リメイクシリーズのガミラスは、イスカンダルを神のように崇めており、2205でガミラスとイスカンダルのいびつな関係が明らかになっても、その最後の女王であるスターシャに対する崇拝を捨てないような発言をしています。
恐らくですが、「REBEL3199」のガルマン・ガミラスでは、「イスカンダル信仰」そのものは消えるものの、代わりにスターシャを女神として崇める微妙に修正された信仰が続いているのではないか。
そしてそれ故にガルマン星の双子星を信仰の象徴としてデスラー総統は「イスカンダル」ではなく「スターシャ」と名付けていることになっているのではないか。
つまり、ガルマン・ガミラスにとっての(女)神は「スターシャ」であり、「マザー・シャルバート」というような女神は必要ないという意味で「ガミラスに神は二人もいらない」という発言をすることになるのではないか。
2205で描かれたデスラー総統からすると、このような趣旨で発言するとすれば非常にしっくりきます。
そしてなぜデスラー総統が「シャルバート教」を弾圧しているのか、という理由付けにもなると考えるならば、こちらのケースが正解である可能性が高そうですね。

現時点でシャルバート教については一切詳細が明らかになっていませんが、間違いなく「REBEL3199」のストーリーを左右する重要な存在になってくると考えております。
シャルバート教の描かれ方が旧作通りなら、彼らはボラーからもガルマン・ガミラスからも弾圧されることになりますが、ボラーはともかく、何故、デスラー総統はシャルバート教の弾圧をおこなっているのか。
その観点から彼らの正体を考察してみるのも面白いかもしれませんね。